ベジタリアンになった理由

僕はベジタリアンである。

肉を食べないのはもちろん、魚も卵も食べない。

(ついでに言うと、酒も飲まない^q^)

日本では相当特殊な食生活なので、ベジだと告げると「なぜ?」と聞かれることが多い。

その都度答えるのも面倒なので、ここで説明しておこう。

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世間のベジタリアンたちは、動物愛護や環境問題が理由でベジになる人が多いような気がする。

でも、僕は動物や環境のために食生活を変えようと思えるほど徳が高い人間ではない。^p^

ベジになったきっかけは、2008年にとある瞑想法を習ったことだった。

その瞑想は神との縁があり、神とのつながりを強めるには肉食をやめ、ベジタリアンになった方がいいと先生から言われた。

でも、そう言われただけで「あ〜そうですか」とベジになったわけではない。

当時の僕は瞑想には興味があったけど、神や信仰には抵抗があった。

じゃあなんでそんな神と縁がある瞑想法を習いに行ったかというと、そこが一番良いような気がしたのだ。矛盾してるようだが。^q^

で、習った後は自宅で毎日瞑想するようになったが、しばらくは肉も食べてたと思う。

でも、その後自然とベジタリアンに移行していった。

一つには、その瞑想法で確かな手応えが得られたことで先生を信頼したからかもしれない。

後は、瞑想を続けているうちに体質が変化して、肉食が合わなくなった可能性がある。

とにかく魚介類はまだしも、肉は全く食べたいとは感じなくなった。

やるなら徹底的にやりたい性分なので、魚介類と卵もほとんど食べなくなった。

ベジになった人のほとんどはまた肉食に戻るとも言われているし、ベジタリアンは肉を食べたい欲求をガマンしていると思われている。

でも、ベジになって9年以上たつが肉食が復活することもなく、当然の習慣としてベジタリアンが定着している。

ほとんど人付き合いがなかったのも関係してるかもしれないが^p^

ところで、ネット上ではベジタリアンは偽善者だのキ◯ガイだのとバッシングされることが多い。

そんなアホを相手にする必要はないのだが、散々言われ放題でストレスがたまってるので、次回はベジ批判に対して徹底的に反論してみる。

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